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伊勢志摩宿泊観光イベントニュース

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三重県南部の津波碑など碑100基紹介 南伊勢高・新田教諭


津波碑など100基のデータを集めた冊子「いのちの碑」を自費出版した新田康二さん=津市で
写真=中日新聞

三重県南部の海岸線沿いに残る津波碑や供養碑の場所や碑文などをまとめた冊子「いのちの碑」を、南伊勢高校社会科教諭の新田康二さん(57)=伊勢市=が自費出版した。
 A4判二十ページ。一七〇七年の宝永大地震、一八五四年の安政大地震などによる津波の到達点に建てられた碑などを探し歩き、データ化した。空襲などで無くなり、碑文だけが残っているものも含め津市から熊野市まで百基の情報を掲載している。
 碑を探す作業は十年ほど前から始めたが、出版のきっかけになったのは、南海トラフ巨大地震の津波予想だった。南伊勢町は最大で二二メートル。新田さんは海に面している南伊勢高の移転を訴えているが実現せず、「少しでも警鐘になれば」との思いで、昨年十二月から三月までの休日に海岸沿いを歩き回った。
 南伊勢町河内にある地蔵菩薩(ぼさつ)立像は、標高三八メートルの地点にあり、台座には、宝永大地震による津波で遺体が流れてきた場所に建てられた、と記されている。新田さんは「東日本大震災を見ていれば、三八メートルは考えられない数字ではない」と話し、対策を呼び掛けている。
 一部四百円。七百部を印刷した。
ソース(中日新聞)

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伊勢神宮周辺2ルートで3~5日にP&B


伊勢市の伊勢神宮内宮と外宮の周辺で五月三~五日、交通渋滞緩和のため、自家用車を郊外の県営サンアリーナ一帯の駐車場に誘導し、無料のシャトルバスで両宮付近まで送迎するパーク&バスライド(P&B)が実施される。
 サンアリーナと内宮前、外宮前をそれぞれ往復する二ルートがあり、実施時間は三日間とも午前九~午後四時。利用者の駐車料は一台千円。駐車可能台数は四千八百台。
 P&B実施に合わせ、伊勢二見鳥羽ラインにサンアリーナインターチェンジ(IC)を仮設。伊勢自動車道の伊勢西、伊勢ICでは出口規制がある。伊勢ICから宇治浦田町交差点までの国道23号でシャトルバス専用車線が設けられる。
 両宮の付近では、五月六日まで一般車両が通行禁止となるなどの交通規制がある。市などはP&Bの利用に加え、公共交通機関の利用も呼び掛けている。
 P&Bの実施主体は市や県、国などでつくる伊勢地域観光交通対策協議会。問い合わせは、P&B期間中は実施本部=電080(8262)0410、期間外の平日は市交通政策課=電0596(21)5703=へ。詳細は市のホームページで確認できる。
ソース(中日新聞)

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伊勢市昨年観光統計 神宮参拝者1420万人 遷宮で最高、76.9%増

三重県伊勢市はこのほど、平成二十五年の観光統計を発表した。二十年に一度の伊勢神宮の式年遷宮の効果で、内宮、外宮の合計参拝者数は前年比で76・9%増え、統計開始以来最高の一千四百二十万四千八百十六人となった。宿泊者数も前年より約十五万人増の約六十万八千人と、大きな伸びを示した。

 参拝者数は、内宮が同比60・5%増の八百八十四万九千七百三十八人。外宮が倍増となる112・7%増の五百三十五万五千七十八人。また、同市二見町の二見興玉神社は44・6%増の二百六十五万七千五百九十人で波及効果が表われた。

 宿泊者数は、伊勢旅館組合加入の三十軒が四十一万七千二百五十六人で、二見町の二十二軒が十九万七百三十三人。統計対象は二軒減ったが、昨年八月に伊勢市駅前、同九月に内宮前と大型施設が続けて開館しプラスに働いたとみられる。

 観光施設の入り込み客数は、内宮前のおかげ横丁が六百五十五万人で前年比二百三万人増の大幅な伸び。一昨年四月に開館した外宮のせんぐう館は、八十一万七千九百十九人だった。

 市の担当者は、「前回の遷宮と比べると、伊勢を取り上げた雑誌の発売が重なった三月、五月の伸びが特に大きかった」としてメディアによる情報発信を大きな要因に挙げ、「外宮前に新たな商店が立ち、リピーターを増やしたこともあるのでは」と話した。

ソース(伊勢新聞)

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伊勢 旧林崎文庫が公開 講堂や書庫など、あすまで


【一般公開中の旧林崎文庫の建物=伊勢市宇治今在家町で】
写真=伊勢新聞

三重県伊勢市の伊勢神宮内宮近くにある国史跡旧林崎文庫(同市宇治今在家町)が、三十日まで一般公開されている。江戸から明治の時代にかけて地元住民や神職たちが学んだ講堂や書庫の建物、文庫の歴史を伝える石碑などが見られる。公開時間は午前十時から午後三時までで入場無料。

 神宮司庁が管理し、毎年春と秋の年二回、一般公開している。同庁によると、同文庫の発祥は江戸初期で現存の建物は文政六(一八二三)年の移築からのもの。敷地面積は約四千六百平方メートルで、講堂と書庫を渡り廊下でつないだ建物や門、土塀、四つの石碑がある。

 建物には入れないが、畳敷きの講堂や扉を開けた書庫の中を外からうかがえる。石碑の碑文は、本居宣長が同文庫の由来を記した「林崎ふみくらの詞」などで、解説を掲示している。

ソース(伊勢新聞)

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最も早く伊勢茶の初市 大台


そろばんを手に値段の交渉をする茶商(左)と茶農家の代理を務めるJA職員=大台町栃原のJA全農みえ南勢茶センターで
写真=中日新聞

三重県内で最も早い伊勢茶の初市が二十八日、大台町栃原の全国農業協同組合連合会県本部(JA全農みえ)南勢茶センターであった。JA全農みえによると、今年は霜害がなく、適度な雨量もあり、茶の出来は良質。初市では出品数量とも例年より多かったせいか、最高値は昨年と比べキロ当たり三千円下回る三万五千円だった。
 大台、渡会、大紀の三町と松阪市の茶農家が煎茶を出荷した。茶農家の代理を務める地元のJA職員と県内の茶商十五社、仲立ち人を務めるJA全農みえの職員の三者が、そろばんを手に相対取引した。
 茶商は拝見盆と呼ばれる黒色の皿に入れられた茶葉を手に取り、形や香り、つやなどを入念に確認し、さらに湯飲みで湯をついで色を確かめた。茶農家側が希望価格を提案すると、茶商が首を横に振る姿も見られ、そろばんが行き来した。商談が成立するごとに三者が手を三回たたく、手締めの音が威勢良くセンターに響いた。
 JA全農みえによると、今年は前年比二十五点多い四十点、数量で四倍強の四百三十二キロが出品された。平均値は同比で約三割安いキロ八千二百三十円だったが、全体的に良品が出そろい、約三十分ですべて取引が成立した。県内にはほかに四日市、亀山、鈴鹿の三市で伊勢茶の市場がある。

ソース(中日新聞)

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伊勢乃志摩男
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